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日々迷走

雑記

十二国記ワンライ第四回目

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十二国記ワンライ第四回目

タイトル「君の本音僕の本音」

お題:「僕の弱点イコール君」
傾向:恋愛(尚陽)
登場人物:陽子、尚隆
投稿時のものを加筆修正。


 慶国首都、堯天山。
 その山頂にある金波宮の一角で、そのやり取りは交わされていた。
 常ならば、この部屋から聞こえてくるのは、部屋の主―慶国国主景王・陽子と、その側近や彼女に仕える女官たちの声だけであるが、その時は違った。
 ましてや、時間も時間、昼間に働き夜に眠るという生活を送っている様な人々にしてみれば、そろそろ一日の生活を終え眠りにつくであろう夜更けとも言っていいくらいの時分のことである。部屋の主である陽子と、その身の回りの世話をする女官以外の声が聞こえてくること自体が稀であった。
 また、神籍に入っているから実年齢はどうであれ、部屋の主がうら若き女性であることを考えると、そのような時間帯に聞こえてくるもう一つの声の持ち主が成丁―壮年の男性であることはいささか問題であると思われた。しかし、周囲は誰もそのことを気に留めておらず、むしろ二人きりにしようという心遣いが所々に見受けられるのであった。
 何故なら、公言こそしていなかったが、陽子と恋仲にある男性が訪れていたからだ。
 二人が所謂男女の仲という意味での付き合い始めたきっかけこそ、当時の事情を知らない他人が聞いたら顔を顰めるようなものであったが、紆余曲折を経て―というよりも、相手の男性が随分と回りくどく、遠まわしに好意を伝えていたのが原因なのだが―互いの気持ちが通じ合っていく過程を二人を取り巻く人々も温かい目で彼らを見守っていた。
 諸官も、最初のうちこそ己の恋情故に国を傾けた先代の王を否が応でも思い出さざるを得ないのか「すわ予王の二の舞か」と、いろいろ彼女に言い募っていたが、陽子が政務を放擲することなく、むしろ今まで以上に意欲的に取り組むようになってから、何も言わなくなった。
 それもあるが、何より、その相手の男性の身分も関係していた。
 その相手と言うのが――。
「延王、お酒やおつまみは足りていますか?もし足りないようであれば、もっと用意させますので仰ってくださいね」
「ああ、大丈夫だ。陽子もそんなに気にするな。さっきから俺の酌ばかりしているだろう。もっと飲んで、食え」
「そうですか?自分ではそこそこ食べているつもりだったのですが…」
 その陽子の相手が、五百年の大王朝を築いた隣国の国主であり、登極の際の恩人である雁州国国主延王・尚隆であるからこそ、陽子の口調こそ丁寧なものであるが、尚隆と陽子の間には穏やかな空気が流れていた。
「俺にしてみればそんなの食べたうちに入らんぞ。ほら、もっと食え。…それともなにか、俺に食べさせてもらうのを待っている、のか?」
 酌をしやいようにと、榻にもたれ掛る尚隆のすぐ傍に座っていた陽子を左腕で抱き寄せ、空いている方の手で陽子の緋色の髪の毛を弄りながら、尚隆がそう囁く。
「そ、そんなこと、あるわけがないでしょう!?」
 吐息を吹きかけるように囁かれた方の耳を押さえ、陽子は慌てふためきながら尚隆から距離を取り、榻の端近まで遠ざかる。尚隆が冗談なのか本気なのか判断がつきかねる言動を取り、それに陽子が翻弄されるのは日常茶飯事であった。 
 二人が浅からぬ仲になって幾歳かの月日が経つが、いつまで経っても陽子はこの手の冗談には慣れず、その初心な反応が尚隆には好ましく映った。
「くっくっく。景女王がご所望とあらば、俺はいつでもかしずくつもりだが?」
「もういいです!延王なんか知りません!」
 陽子はそう言うと、冗談だと分かっていても心臓に悪いと、こうなれば自棄だと、尚隆用に用意した酒を一気に飲み干すのであった。
 ―それが尚隆好みの普段自分が口にするものより、少々酒精の強い酒と知らずに。
* * *
「…なんだか、最初思っていたのと大分違うんですよねえ、尚隆のイメージが」
「ふ、ん…。いめーじとやらの意味は分からんが、大体言いたいことは伝わった」
「だって、あんな立派な国を築いた人ですもん。初めて雁を訪れた時なんか、ものすごーい人格者だと思っていました」
「それが想像とは全く違うと?」
「そうそう。官吏の皆さんの苦労も知らずにふらふら出歩いちゃうし、六太くんを助けるためとは言え、誰にも何も言わないで一人で反乱軍の中に潜り込んじゃうし。……エッチだし」
「一番最後のは、何か失礼なことを言われたことだけは分かったぞ…」
 飲み慣れない普段より度の強い酒を口にしたせいか早々に酔いが回ってきて、陽子の口調も随分とくだけたものになっていた。その証拠に呼び方も「延王」という敬称呼びから名前呼びに変わり、尚隆は内心秘かに喜んでいた。日頃から、せめて二人きりの時だけでも名で呼んでほしいと言ってはいたが、いつ何時、火急の用で官吏が飛び込んでくるかも分からないから、そうそう迂闊に呼び捨てには出来ないと言い、生真面目な性質の陽子は尚隆のささやかな願いもなかなか聞き入れなかった。
―それこそ褥の中以外では。
 そのため、酔いのせいで若干頬を赤らめ、心なしか汗ばんでいるようにも見える陽子に名で呼ばれると、幾度となく行われた情事を思い出し、一人悦に入る尚隆であった。
そんな尚隆の心情を知ってか知らずか陽子が人差し指を尚隆に突き付けながら唐突に声を上げる。
「あー!なんかいやらしい顔してますー」
「気のせいじゃないか?」
 そう言いがかりをつけながらも―あながち間違ってはいなかったが―先ほどの尚隆の戯れによってわざわざ離れていたにもかかわらず、にじりにじりと榻の上を移動しながら尚隆に近づき、その肩に頭を乗せる仕草を取るから、陽子の言動は矛盾していた。
 それを可笑しく思いつつ、己の肩に頭を預ける陽子を優しく撫でる尚隆。
「…今日はもうそろそろお開きだな」
 そうひっそりと言葉をこぼし、そのまま撫で続けるのであった。
 尚隆も気の向くままに陽子を撫で続けるだけで暫くそのまま何の会話も交わされず、夜の静寂もあり部屋の中は静かな空気に包まれていたが、突然それを破ったのが陽子であった。
「…尚隆って、欠点ばかりですよねえ」
「まあな、否定はせん」
 それまではまるで猫のように気持ち良さ気に大人しく頭を撫でられており視線も伏せられていたのだが、陽子はそう言いながら尚隆の顔を見上げる。
 何を唐突に、と思うものの、酔っ払いの戯言だとそのまま相手を続ける。
「諸官の皆さんには頭が上がらないし、麒麟である六太くんにもなかなか強く出られないし。まあ、景麒に強く出られないのは私も同じなんですけど…。ええと、その、何が言いたいかって、安心したんです」
「安心?幻滅ではなく?」
「ええ。…だって、その、あまり完璧な人だと気後れしちゃうなあって。だから、欠点もあってほっとしたんです」
 陽子はまだ若干酔いの残る表情を見せるも、その笑みは妙に晴れやかなものであった。
「…そうか」
 どれだけ体を重ねてもまだこんなことを思っているのかと、これは仕置きが必要かと、自分がどれだけ陽子を愛しているのか思い知らせてやろうかと尚隆が一人画策していると、さらに言葉が続けられる。
「だから、ううんと、ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
 そう、蓬莱で使いまわされていた台詞を口にし、榻の上で三つ指ついて自分に向かって頭を下げてくる陽子の姿に尚隆も何故か焦る。後から冷静になって考えてみればそこで焦る必要などまったく無かったのだが、思いもしなかった陽子の言動に知らず知らずのうちに心乱されていたのだと気付いたのは後日のことであった。
「ああもう!いい加減にしろ」
 尚隆はそう言いながら、陽子を抱き上げ自分の膝の上に乗せる。その武骨で大きな両の掌で、滑らかな褐色の肌を持つ恋しいその人の頬を優しく包み込みながら、その碧玉の瞳を覗き込みひたと視線を据える。
「いいか。よく聞け。俺の方こそな、時折不安を感じるのだ。いくら見た目はこうであろうと、お前とは一体幾つ年が離れていると思うのだ。生きた時代も、価値観も、何もかもが違う。いつお前が俺を見離すか不安でならんのだ」
「え、ええ、え!?」
 尚隆に間近で顔を覗き込まれ、尚且つ身動きの取れない状態。その様な状況下で先ほどのことを言われ、陽子は素っ頓狂な声を上げるも、尚隆は尚も彼女を離そうとしなかった。
「お前はさっき、俺が喧しい官吏たちや六太にも頭が上がらんと言ったがな、今、俺が一番頭が上がらんのは陽子、お前だぞ」
「うえ、え」
「所詮官吏たちなぞはな、勅命の一言でどうにかなる。でもな、お前の気持ちばかりはどうにもならんのだ。だからもっと自覚を持て」
「は、はい!」
 国主となった陽子に強い口調で命じるように物を言う人物など久しくいなかったが、蓬莱では優等生で通っていた陽子。その様に言われることなど苦でも何でもなく、何とも行儀のいい返事をする。そんな様子の陽子に尚隆は今度こそ声を上げて笑うのであった。
 ひとしきり笑った後、尚隆は何やら思いついた様な、六太曰く「悪い顔」をする。
「…なあ、陽子」
「何ですか尚隆」
 己に対する呼び方が敬称呼びに戻っていないことを知り、陽子がまだ普段の状態に戻っておらず気を張り詰めていないということを確認する。それに、未だ陽子が尚隆の膝の上に乗っていることが何よりの証拠であった。そして尚隆は知っていた。このような状態の陽子が押しに弱く、大抵のことなら聞き入れてくれることを。それこそ恋人同士の甘やかな戯れさえも。
「…ようこ」
 単に自分の名前を呼ばれただけなのに、それまでと尚隆の声色が変わったことを瞬時に悟る。その一言に、どれだけの熱が込められているかをも。
「しょ、うりゅう…」
「俺の言いたいことは解かる、か…?」
 相変わらず我ながら回りくどいと思いながらも、陽子に言わせてみたかった。そんな尚隆の意図を知ってか知らずか、陽子は恥じらうように顔を背ける。
「分かり、ません…」
 案の定の返事が返ってくるも、それは予想のうちであった。
「では、俺たちはもっと相互理解を深めるべきだと思わんか?」
「…え、と」
 その場の雰囲気に似つかわしくない単語に陽子は戸惑いの声を上げるも、己の身体を支える尚隆の手付きが何とも言えない怪しい動きを見せるのに気付くまでに、そうは時間がかからなかった。
「…ばか」
「馬鹿で結構。そんなのしょっちゅう言われておる。それにお前に関してはもっと馬鹿になることも厭わんぞ」
「だから…!そういう事を平気な顔で言うところが。もう…」
 陽子はそう言うと身体中の力を抜き、尚隆にもたれかかるように身を委ねる。急に加重され声を上げる尚隆であったが、直ぐに体勢を持ち直す。
「う、お。了承の意ととるぞ?」
「…これ以上何も言わせないでくださいよ」
「心得た」
 そう言いながら、決して華奢ではない陽子を尚隆は軽々と持ち上げ、立ち上がる。その足が向かうところは言わずもがな、寝台であった。
 陽子は尚隆に抱かれ運ばれながら何も言わず抵抗を見せなかったのだが、素直に言うことを聞く自分が恥ずかしく、せめてもの抵抗と言わんばかりに、寝台に下ろされるや否や、手を伸ばして尚隆の髪紐をほどく。
「…陽子」
「や、です。返しません。玄英宮に帰った時に女官の皆さんに怒られればいいんです」
そう言いながら陽子は己の胸元に尚隆から奪った髪紐を抱え込むようにする。
「いや、別にそんな事で怒りはせんと思うが。呆れはするだろうがな」
「…んむ」
「何か贈り物が欲しいのならば金に糸目はつけんぞ。金銀財宝何でもござれ、だ」
「私がそんな物欲しがらないって解かってて言っているでしょう…?」
「まあな。して、その様な物を一体どうするのだ」
 どうやら今夜は直ぐにはなだれ込めなさそうだぞと尚隆が思案していると、陽子はぽつりぽつりと口を開く。
「…明日の朝、これで、髪を、結ってもらう、んです」
 それを聞いた途端に尚隆は身体中が沸騰するかのような錯覚に襲われる。寸でのところで理性を押しとどめるも、更に追い打ちをかけるように無邪気な笑顔で続けられた。
「えへ。お揃い、です…」
「こ、の…!」
 これが余計に尚隆を煽ることになるとは、その時の陽子は知る由もないのであった。
 その日、己が使っていた髪紐がいつの間にか無くなっていたことに、そして、それが彼の人の髪を彩っていることに気が付くのはまた後日の話。

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