彼女が快活に笑えば笑うほど、その事に関して気にかける素振りを微塵も見せなければ見せないほど、私の中の罪悪感が大きくなる。
全身全霊で「帰りたい」と叫んでいた。
声無き悲鳴を上げていた。
その目的を生きる糧とし、前へと進んでいた。
それなのに私がそれを全て取り上げた。
国のためといい、民のためといい、彼女が彼女の意志で玉座に就いたように思われたが、周囲がそうなるよう仕向けたといってもおかしくはなかった。玉座へと至る道、直にその道中の光景を見た訳ではない。しかし自分の指令をその身に纏わせたため、使令を介しほぼ一部始終を知ることが出来た。
それは一言で言うならば―。
「何と過酷な」その一言に尽きた。
いつ、どの契機で心折れて挫けてもなんらおかしくはなかった。全て彼女の芯の強さが物事を良い方向に運んだ。
最初こそ予王によく似た娘だと人知れず溜め息を零したが、自分と初めて会った時と次に再会した時の変わりように目を見開くばかりであった。彼女を選んだ天に、民意に感謝した。
だからこそ今思えば思うほど、もっと他の別離の方法があったのではないか、火急の時であったとはいえど、ほんの少しでも惜しむ時間を与えることは出来なかったのかと、詮無いことばかりを考えてしまう。
あの幼き麒麟は「お母さんに会いたい」と母を希って泣いた。
慈しみ育ててくれた存在を恋しがって泣いた。
「帰る」
それだけが彼女の全てであったのに、その全てが無に帰した。
彼女が故郷を恋しがって口にしたことはあったか。
親に、友人に、会いたいと口走ったことはあるか。
きっと彼女のことだ。そんな事が少しでも諸官の耳に入れば不安がらせるだけだと、やもすれば「これだから女王は…」などと謂れの無い誹りを受ける可能性だってあることを解かっているのだろう。
だから私の知る限りでは、無い。
誰にも心情を吐露することが出来ずにいるのか、せめてあの内乱の折に知り合った彼女達には腹の内を見せることが出来ているのか。
私には担えない、担わせてはもらえない役目だ。
だから、どうか、どうか。
「ああ、すまない。景麒。待たせたな」
朝議へ同行すべく主を待っている間、一人鬱々とした思考に囚われていると、そこに凛とした声が響き渡る。さながら薄闇に閉ざされた空間に差し込む陽光のような。
「いえ、然程待ってはおりませぬ故」
「少しは待ったということだろう?」
「…は」
そう指摘され決まりの悪い表情を浮かべれば、軽く肩を叩かれ、足を動かすよう促される。
「まあ、いい。さあ行くぞ、景麒。今日の話し合いは紛糾するからな。私が暴走しそうになったら止めてくれよな」
「御意」
軽く頭を垂れ、深紅の髪を翻し凛と前を見つめる彼女に付き従う。
願わくば彼女の行く先に幸多からんことを。