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日々迷走

雑記

十二国記ワンドロワンライ第1回目

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十二国記ワンドロワンライ第1回目

タイトル:「見果てぬ夢」

お題:「黄海をゆく」
傾向:ほのぼの
登場人物:泰麒、正頼+α
投稿時のものを加筆修正。


 戴国のまだ幼い台輔のための政務の勉強の一時のこと。
 少しの休憩をと、王宮の庭院を泰麒と正頼とで散策していた折のことであった。
「ねえ正頼。黄海ってどんな所かしら」
 幼き主人の問い掛けに、正頼は内心首を傾げながら、どうやったらその幼子の望むような答えが返せるかと言葉を選びながら返答をする。その際にも、視線を合わせるように深く腰を下ろしながら彼の目を見て口を開くことを心がけて。
 彼の同僚なぞは「露骨な子供扱いをして台輔を傷つけやしないか」などと妙な心配をしているが、気性の素直な心根の優しい子どもだ。変にうがった見方もせず、普通に接してくれると正頼は信じていた。
 それにもし、その件について本人から何か言われたら「最近年のせいか、この姿勢が楽なんですよ」と言うつもりだと述べたら、件の同僚からは大層胡乱な視線を向けられてしまったが、この際気にしないことにする。
 とにもかくにも、はてどの様に答えたものかと正頼は思いを張り巡らすのだ。
「おや。これは面白いことを仰られる。台輔には使令―慠濫がおりますではありませんか。黄海で折伏なさったと聞いております。ぎょ、いえ、主上からも、李斎殿からも、台輔の素晴らしいご活躍ぶりを聞き及んでおります。あの伝説の妖魔を使令に下したと聞いて、我が戴が、どれだけ得難い、尊い麒麟をお迎え出来たのかと随分と誇らしく思った記憶がございます。その時のことは今でも鮮明に覚えておりますよ」
 先程までは何をどの様に伝えるべきか思い悩んだが、この幼子に対しては何も言葉を飾る必要もないと、正頼が思ったままのことを口にすれば、この子どもの性格を如実に表しているかのような反応が返ってくる。
「…あの時は無我夢中で。あのね、正頼。あんまりそれ以上は言わないで、お願い……」
「ご謙遜召されるな。我が戴の誇りでございます」
段々と尻つぼみになるその言葉に、俯いている泰麒のその表情は林檎もかくやと言わんばかりに真っ赤であった。
 本気で恥ずかしがっているのが分かり、正頼はそれ以上言うのを止め本題に入る。こんな少し言葉にしただけで盛大に照れてしまうこの子が、今までそれだけ褒められ慣れていいなかったのだろうかと思うと、少し切なくなりながら。
「それで台輔。何故黄海の様子をお聞きに?」
「あのね、僕が黄海に入ったって言っても、蓬山の周りを少しと、辺りが真っ暗な時に騎獣を狩りに行く驍宗さまと李斎に付いて行っただけなの。その時に慠濫に会えたんだけども。帰りは眠ってしまっていたし。だから普通の時の黄海の様子を知らないなあって思ったの」
 子どもらしい好奇心をその瞳に宿し、泰麒は正頼を見つめ返す。
「おや。そうでございましたか。どうして黄海に興味をお持ちになられたかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…笑わない?」
「笑いませんとも」
「誰にも言わない?」
「勿論」
「驍宗さまが昇山された時、計都を捕まえるのに何回も黄海に入ったと聞いたの。だから僕も驍宗さまの見た景色を見てみたいなあって。その、それだけ…」
 今にも消え入りそうな声で、恥ずかしげに告げられたその言葉に、正頼はそんなにも慕われている主君を今すぐにこの場に引き摺ってきたい思いでいっぱいであった。ほんの少しの羨ましさと妬ましさと一緒に。
「台輔。麒麟には何名も使令をお持ちの方もいるとお聞きしております」
「うん、そうだね。景台輔も延台輔にも、たくさんの使令がいらっしゃったよ」
「今すぐ、という訳には参りませんが、国が落ち着いて、台輔ももう少し大きくおなりになられたら、使令の数を増やす、という名目で黄海に入れるやもしれませんよ」
「本当!?」
 余程嬉しいのか、そのまろい顔を上気させながら珍しく大きな声を上げる。そんな泰麒に向かって正頼は手で口元を隠すように小声で話す。
「それに、これは内密ですよ。国が落ち着いてきたら、少しくらい王と麒麟が国に居なくても大丈夫でしょう。その間は私達が頑張って国を回しますから、主上と台輔と、あとはそうですねえ、李斎殿あたりと一緒に、いや怒られるか…。とにかく、台輔が主上と一緒に黄海に入る機会がまだ全く無くなったという訳ではないと思われますよ」
「やったあ」
「勿論。常に危険は付き纏いますぞ」
「う、うん。蓉可や禎衛も、あ、えとね、蓬山でお世話になった女仙なんだけど、口を酸っぱくして言っていたもの。それで驍宗さまにも失礼な事言っちゃったし…」
「まあ、ですが。主上が居れば百人力でございましょう。それに台輔には慠濫もいらっしゃる」
「さ、汕子もいるよ!」
 人は皆、どうしても伝説の妖魔である饕餮のことばかり口にしてしまうが、泰麒にとっては数少ない頼れる存在の女怪もなくてはならない存在なのであろう、慌てて言い募る。
「心強いことで何よりです」
 正頼がこれからは女怪のことも気にかけて話をしなければと独り言ちると、泰麒ははにかみながら小さく笑みを零す。
「ふふ。ピクニックみたいだね」
「ぴくにっく、とは?」
「ええと、山とか海とか、自然のいっぱいある所に出かけていってそこでご飯を食べることなんだけど。ごめんなさい、僕、不謹慎ですよね…」
 確かに常に妖魔や災害などの危険と隣り合わせであるこちらの世情や価値観にはそぐわない考えである。しかし、それだけこの幼子が人との触れ合いに飢えているのか、それを思うと正頼には一概に否定が出来なかった。
「では、いつかの為に台輔にはまだまだいっぱいお勉強して頂かなくては」
「は、はい!頑張ります」
 屋内へ戻るように促して正頼は泰麒の一歩後ろをついていく。二人の間だけで交わされた密かなやり取りが叶う時がいつの日か来ると信じて。
 その小さな背中に様々な思いを託しながら。
 
* * *
 
「…かさと、高里!」
 少々強めの語調で声をかけられようやく要は意識がそちらに戻り、心配げに見つめる広瀬と視線が交わる。
「すみません、先生」
「いや、謝らなくていいんだ。どうした体調が良くないのか?」
「いえ、そこまでは。…ただここ最近、寝不足が続いていたので少しうとうとしてしまったみたいです」
「そう、だな」
 にわかには信じがたい現象が立て続けに起き、それに伴う騒動による寝不足は広瀬も同様であったので、相づちを打ちながら首肯する。 
「ところで先生。僕に何か用があったのでしょう?」
「いや、なに。気にするな。大したことじゃない」
「でも僕に話しかけてくださったことは確かですから。どのようなことだったのか教えて頂けませんか?」
「…本当に大したことじゃないんだがな」
 気が塞ぎがちな要の気を紛らわすことをと思ってのことで、広瀬にしてみれば実のある話でも何でもなかったのだが、それが却って要の気を引いてしまったのか妙に食いついてくる。
「それでも」
「はは。お前がそこまで主張するようになったことを喜ぶべきだな」
「ええ、ですから早く教えてください」
 以前の要は何を言われても、何をされても、全てを受け入れ、流し、己の意思を主張することは無かったと聞く。
 それが今ではこうだ。
 このような態度をとれるのはまだ限られた人物の前だけであろうが、この一連の騒動がきっかけであるならば、不幸中の幸いだとでも思っておこうと広瀬は己に言い聞かせて口を開く。
「分かった、分かった。…ほら、ギアナ高地に行きたいって言ったろう?」
「ロマイラ山ですね」
「そう。地図作りばかりじゃ飽きちまうだろうし、他には何がしたいんだ、って訊きたかったんだよ」
 頭をかきながら何とも決まり悪げに広瀬がそう言うと、あまり感情を載せない要のその小面のような表情が和らぎ、目を瞬かせる。
「…唐突ですね」
「自覚はある。ふと気になったんだ」
 広瀬があぐらをかきながら太ももに片肘ついてそっぽを向けば、明らかに要の視線が顔を追ってくるのを感じる。我ながら何を馬鹿なことをという思いで胸中を占拠され広瀬は心中穏やかではなかった。
 しかし、要の次の言葉に広瀬は顔を再度要の方に戻す。
「そうですね。…ピクニックなんかもいいと思いませんか。まあ地図作りしてれば自ずとピクニックのような感じにはなってくると思いますが」
 壁に軽く背中を預けていわゆる体育座りをしながら楽しげにそう言う要に―ようやく広瀬にも要の感情が若干ではあるが分かるようになってきた―広瀬は疑問に思ったことを投げかける。
「ピクニック?奇岩だらけでおちおち座ることも出来ないんじゃないか」
「ふふ。確かにそうかもしれません。でも、岩に腰かけて空を見上げたら、そこだけ空を切り取ったかのように見えると思うと楽しそうだなって」
「絵描きの感性だな」
 広瀬にしてみればするりと出た言葉であったが、その言葉に要は自嘲するかのように小さな声で囁く。
「絵描きだなんてそんな。…思い出すために描いているようなものですから」
「でもピクニックか。そんな所でやるなんて確かに何だか楽しそうだな」
 そんな気まずい雰囲気を払拭するように広瀬がわざと明るい声を出せば、要もその意図に気づいたのか、先程までのことなど無かったかのように振る舞う。
「でしょう?先生と一緒でも楽しそうだけど、うん、一人でもいいな。…誰か頼れる人と、そう、お供に柴犬と鳥でも居たら、もっといい、な」
「…高里は妙に危なっかしいところがあるし頼れる人は分かるけど、なんで犬と鳥」
「分かりません。ふと思いついたんです」
 危なっかしいのは否定しないんだなと頭の片隅でぼんやり考えながら、そう訥々と語る要の未来に、彼が一人でいるという選択肢があることを改めて認識し、広瀬はやるせない思いをかき消すように口を開く。
「ほら、寝不足なんだろう?夕飯まで少し休め」
「でも、それは先生も同じですし」
 要は言外に何か手伝うと言いたいのだろうが、先程抱いた感情をかき消さないうちに要と接したら、下手な同情めいた言葉をかけてしまうだろうと広瀬は態のいい断りの言葉を探す。
「俺はやらなきゃならん事が山積みでな」
 言い訳がましい理由を口にすれば、本当に寝不足なのだろう、要は素直に広瀬の提案を受け入れる。その目元には確かにうっすらと隈があった。
「ではお言葉に甘えて。…少し、横になりますね」
 小さく身体を縮こませてその場に横になる要に広瀬は労わるような視線を向ける。
「ああ、お休み。高里」
「はい、お休みなさい。先生…」
 横になると少しもしないうちに要の意識は落ちていく。その最中、広瀬には聞き取れなかったが何か不明瞭な言葉が要の口元から紡がれるのであった。
 
 ――おやすみなさい、ぎょうそうさま。

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