タイトル「約束の大地」
お題:「秋」
傾向:恋愛(尚陽)
登場人物:陽子、尚隆
うだるような暑さは遠のき、日々の生活の中のところかしこに秋の気配を感じ始めたある日のこと。
「雲海の下は、きっと今頃、稲穂が黄金色に輝いているんだろうなあ」
その日の政務を一段落終え己の居室に戻り、暫しの休憩と思い、肌寒ささえ覚えるひんやりとした秋風を身に受けつつ、露台に出て欄干にもたれ掛りながら陽子がそうぼやけば、そこにある筈の無い声が降り注ぐ。
「ならば、今からでも共に見に行くか?」
その声につられて宙を仰ぎ見れば、そこには己の騎獣に跨る延王・尚隆の姿があった。
「延王!」
「息災か」
「…息災かも何も、先日お見えになったばかりじゃないですか」
我ながら可愛くない反応を返してしまったと、陽子が内心後悔していれば、そんな事はお見通しと言わんばかりに、尚隆もおどけた調子で応えを返す。
「そう言ってくれるな。俺は一日千秋の思いでお前に逢える日を楽しみしているというのに」
そう言いながら、騎獣を露台に静かに着地させ、尚隆は陽子の傍に近づいて来る。
「その、嬉しくないわけじゃないですから…」
己の感情を言葉にのせて真っ直ぐにぶつけてくる尚隆の言葉に、陽子は赤面しつつも、はっきりと己の意志を伝える。そんな陽子の返答に尚隆はまんざらでもない笑みを浮かべ、先程の問いを再度投げ掛ける。
「して、陽子。見に行きたいのか。なんなら連れてってやる」
その何とも魅力的な誘いに陽子は即答しそうになるも、ぐっと堪えて言葉を返す。
「本当に、本当に、嬉しいお誘いなんですけど、今回は我慢しておきます」
「何か問題でも?」
いや、そもそも国主たる人物がそうそう王宮を抜け出していいものじゃないだろうと陽子は内心突っ込みを入れるも、俯きながら己の半身と交わした小さな約束を口にする。
「…毎年、この季節は景麒と一緒に城下に降りて、田畑の実りを見に行くんです。だから、その…」
「分かった」
何とも歯切れの悪い言い方になってしまったなと陽子が独り言ちると、尚隆の静かな声が聞こえてくる。
その表情はなんとも穏やかな優しいもので。
てっきり難しい顔をしているかと思ったのにそんな顔をされてしまっては、かえって申し訳なく感じてしまい、陽子は慌てて思ったままを言葉にする。
「その、決して延王のことを蔑ろにしている訳じゃないんです!…ただ、あの堅物の景麒が、この時ばかりはお忍びでの外出に笑顔を見せてくれるのが嬉しくって。やっぱり国土の実りを見せてあげられるのが楽しくって」
陽子がそう言えば、尚隆は心得ていると言わんばかりに頷く。
「ああ。お前と、その半身が築いた国だ。気の済むまで見てこい」
「…はい!」
満面の笑みを浮かべながら陽子がそう言えば、ふと思いついたというように尚隆は口を開く。
「ああ、でも。そのうち≪でえと≫とやらに付き合ってもらうからな」
「…でえと、ですか」
こちらに来てからついぞ耳にしていなかった、あちらでも外つ国の単語に目を見開き、そして一瞬後にそれの意味するところを把握する。
「デ、デートって…!」
「なんだ。陽子は俺と出掛けるのが嫌なのか」
「そんな筈がありません!…尚隆としたい、です」
デートはおろか、異性と共に外出することなどなかった陽子は、その言葉の持つ甘さにたじろぎつつも、恥ずかしげに、でもはっきりとそう答える。そんな陽子の様子に満足したのか、踵を返すと尚隆はひらりと衣装を翻して、再度己の騎獣に跨る。
「では、陽子。次の機会を楽しみにしている」
「私も、です」
たったそれだけの、しかし十分想いを通わせったやり取りを終えて、恋人達はまた暫しの別れとなるのであった。