この世に生を享けても、幼くしてその身を疎まれ山中に捨てられた身としては、生まれた日を祝うなどという概念など無いに等しかった。生まれたことを厭われこそすれ、祝われるなんて考えもしなかった。
己が存在することが許されたのは、世界に十二しかいない神獣のうちの一人だから。女怪が迎えに来たのは己が正体が麒麟だから。
この一言に尽きた。それがなければこの命は今にも燃え尽きそうな風前の灯火であっただろうことは想像に難くない。
上にも下にも置かない扱いを受け、様々な物が望むと望まないと関係無く与えられる。心にもない美辞麗句を延々と連ね、人々は自分を敬い、かしずく。
要らない。
そんなものは要らない。
≪俺≫を≪俺≫として見てくれ。
そんな思いに囚われている時に彼と出会った。
その邂逅から経った年月のことを思うと、瞬きするにも値しない様な本当に短い短い時間のことだったろう。
それでも、かけがえのない、宝物にも似た一時。
彼もまた自分と同じような境遇にあった。それだけで共感したという訳でもないのだけど、その事実を無碍には出来なかった。
その後、数奇な運命を辿り皮肉な再会を果たし、袂を分かつも、彼と自分との間には確かな絆があった。そう、信じている。
欲しいものはいつだって、ただ一つだけ。
彼からの言葉。それ以外、何も何も要らない。
いつからだろうか。
毎年必ず同じ日に、自分宛の差出人不明の文が届けられる。
最初こそ差出人不明の怪しい物など、そのまま無かったものにされそうなものであったが、己の名を直に出したその文に何か感じるものがあったのか、検閲した官吏が気を利かせて手元に届けてくれた。
そこにはただ一言。
「おめでとう」とだけ。
何を意味するのかも分からず、差出人も不明。不可解なものでしかなかったが、在りし日のことをふと思い出す。
自分が彼に名前を授けた日。気紛れにも似た戯れで言い放った言葉。
『お前にまたちゃんと名前がついた日なんだ。ある意味生まれ変わったようなもんだな』
『…よく、わかんない』
『まあ要するに、だ。お前がまた生まれた日だと思えばいいさ』
『おれはここにいるよ?いきてるよ?』
『うん、そうだな。…こんなのただの自己満足なんだろうけどさ、祝わせてくれ。生まれてきてくれて、ありがとうな』
『ろくた?いたい?ないてるの?』
『泣いてなんかないさ。ああ、そうだついでと言っちゃあなんだけど、俺も自分が生まれた日なんて、ろくすっぽ覚えてないないしな、お前にこうやって会えたこの日を、俺の生まれた日ってことにもしておいてくれるか?』
『よくわかんないけど、ろくたが、そういうのなら』
『おう!』
あの時の正確な日付なんて今更覚えているはずもなく。だがしかし、その不可解な文は毎年同じような時期に必ず届けられる。
ただそれだけの理由で、俺はその差出人が彼だと思っている。今年もまた届くのだろうかと期待している自分がいる。
「…会いたいよ、更夜」
その声は雲海の漣に掻き消されていったのであった。